脂質異常症とは
脂質異常症とは、血液中の脂質、すなわちコレステロールや中性脂肪が基準値を逸脱した状態を指します。かつては「高脂血症」とも呼ばれていましたが、現在は「高すぎる脂質」だけでなく「必要な脂質が不足している状態」も含めて、総称的に「脂質異常症」と呼ばれるようになりました。脂質は身体にとって欠かせないエネルギー源であり、ホルモンや細胞膜の材料でもありますが、これが過剰になりすぎると動脈硬化を進行させ、心筋梗塞や脳梗塞といった命に関わる病気のリスクを高めます。
この病気は非常に厄介である理由のひとつに、初期にはまったくと言っていいほど症状が現れないという特性があります。自覚症状がないまま静かに進行し、ある日突然、重大な疾患として姿を現すことが多いため、“サイレントキラー”とも呼ばれています。特に、日本では食生活の欧米化が進み、肉類や脂質の多い食品の摂取が増加している現代社会において、脂質異常症のリスクは高まり続けています。
この疾患は、単独で存在することもありますが、高血圧や糖尿病といった他の生活習慣病と複合的に進行することが多く、放置することでその悪循環を加速させてしまいます。そのため、脂質異常症は決して軽視できない、全身の健康に深く関わる重大な疾患であると言えるでしょう。治療と予防には、正しい知識と生活習慣の見直しが不可欠です。
脂質異常症の症状

脂質異常症の恐ろしさは、その多くが“無症状”であるという点にあります。日常生活の中で明らかな体調不良を感じることはほとんどなく、体のどこかが痛んだり、息切れがしたりというような直接的な不快感もありません。そのため、多くの人が脂質異常症に気付かないまま生活を続けてしまい、症状が現れたときにはすでに動脈硬化が進行していた、あるいは心筋梗塞や脳卒中などの重大な疾患を発症していた、ということが少なくないのです。
特に高LDLコレステロール(いわゆる「悪玉コレステロール」)が増加すると、血管の内側に脂肪が沈着し、血流を妨げるようになります。この状態が進行すれば、血管が狭くなり、やがて詰まってしまう危険性があります。逆に、HDLコレステロール(いわゆる「善玉コレステロール」)が不足している場合には、体内の余分な脂質を回収する働きが十分に機能せず、やはり動脈硬化を招くことになります。
また、脂質異常症が長期にわたって放置されると、眼瞼黄色腫(まぶたにできる黄色い塊)やアキレス腱黄色腫(アキレス腱付近の脂肪の塊)といった外見上の変化が現れることもあります。しかし、こうした変化が見られる頃には、すでに血管の内部では深刻な異常が起こっている可能性が高く、早急な対処が求められます。
したがって、脂質異常症の早期発見には、定期的な健康診断や血液検査が非常に重要です。見た目や体調に異常がないからといって安心せず、自分の身体の状態を正しく知ることが、未来の健康を守る第一歩となります。
脂質異常症の原因

脂質異常症の発症には、日々の生活習慣、体質、加齢、さらには遺伝といった複数の要因が関係しています。特に現代社会では、食生活の欧米化が進んだことで脂質の過剰摂取が一般化しており、これが最も大きな原因の一つとされています。例えば、脂っこい肉料理や乳製品、スナック菓子や揚げ物、加工食品に多く含まれる飽和脂肪酸やトランス脂肪酸は、悪玉コレステロールを増加させ、脂質異常症を進行させる要因となります。
また、食べ過ぎや不規則な食事、野菜や食物繊維の不足も、体内の脂質バランスを崩す一因です。エネルギーの過剰摂取により体脂肪が増加すれば、脂肪細胞から分泌されるホルモンのバランスも乱れ、それが脂質代謝の異常を引き起こします。さらに、運動不足が加わることで中性脂肪が体内に蓄積されやすくなり、善玉コレステロールが減少するという悪循環に陥ります。
加齢も脂質異常症の重要なリスクファクターです。年齢とともに基礎代謝量が低下し、脂質代謝機能が衰えることで、同じ食事量でも脂質が蓄積しやすくなります。女性の場合は閉経後にエストロゲンの分泌が減少し、これが善玉コレステロールの低下と悪玉コレステロールの増加を招くため、特に注意が必要です。
さらには、家族歴も見逃せない要因です。親や兄弟姉妹に脂質異常症の患者がいる場合、その傾向を受け継いでいる可能性があり、たとえ食生活が大きく乱れていなくても、若い頃から注意を払う必要があります。特に「家族性高コレステロール血症」は遺伝性の脂質異常症であり、若年のうちから動脈硬化が進行する恐れがあるため、早期診断と対応が極めて重要です。
このように脂質異常症の原因は非常に多岐にわたり、一つの要素に起因するのではなく、複数の生活・生理・遺伝的要因が複雑に絡み合って発症するケースがほとんどです。だからこそ、日頃の習慣を見直し、体質や年齢に応じた予防策を取ることが、この病気から身を守るカギとなります。
脂質異常症の診断方法
脂質異常症は目に見える症状が乏しいため、診断には必ず医学的な検査が必要となります。最も一般的な方法は血液検査であり、これは健康診断の項目として多くの人が受けたことのある検査です。検査では空腹時に採血を行い、血液中のコレステロール値や中性脂肪の値を詳しく測定します。
診断の基準となる数値は、LDLコレステロール(悪玉)が140mg/dL以上、HDLコレステロール(善玉)が40mg/dL未満、中性脂肪(トリグリセライド)が150mg/dL以上とされています。これらのうち、1つでも基準を超えていれば脂質異常症と診断される可能性がありますが、複数の数値に異常が見られる場合は、より重症であると考えられます。
血液検査だけでなく、医師は患者の体格(BMIや腹囲)、血圧、既往歴、家族歴、そして現在の食生活や運動習慣なども総合的に評価します。これにより、症状が数値上だけの問題にとどまらず、将来的な動脈硬化や心疾患リスクとどう結びつくかを判断するのです。中でも特に注意が必要なのは、糖尿病や高血圧と脂質異常症が合併しているケースで、これは「メタボリックシンドローム」と呼ばれ、生活習慣病の重症化リスクが著しく高い状態とされています。
最近では、動脈硬化の進行度を調べるために、頸動脈エコーや血管の硬さを測る検査(CAVI、ABI)などが行われることもあります。これにより、血液検査の数値だけでは見えにくい、血管内部のダメージを早期に把握できるようになっています。
定期的な検査こそが脂質異常症の最大の予防です。数値に異常がなくても、年齢や生活習慣に応じて定期的に自身の血液の状態を確認することが、健康維持の第一歩と言えるでしょう。
脂質異常症の治療方法
脂質異常症の治療は、血液中の脂質バランスを正常に戻し、将来的な動脈硬化や心血管疾患のリスクを軽減することを目的としています。治療の基本は、食事療法と運動療法を中心とした生活習慣の見直しですが、症状が進行している場合には薬物療法が併用されることもあります。すべての患者に共通して言えるのは、「継続的な管理」が最も重要であるということです。
まず、食事療法では、摂取する脂質の種類と量を見直すことが基本となります。特に飽和脂肪酸やトランス脂肪酸を多く含む食品(バター、肉の脂身、揚げ物、加工食品など)は避けるべきです。一方で、青魚やナッツ類、オリーブオイルに含まれる不飽和脂肪酸は、コレステロールを下げる働きがあるため、積極的に取り入れることが推奨されます。また、食物繊維が豊富な野菜、海藻、豆類、全粒穀物などは、コレステロールの吸収を抑える作用があるとされ、非常に効果的です。
運動療法も欠かせません。有酸素運動を週に150分以上、例えば毎日30分のウォーキングや軽いジョギング、サイクリングなどを継続することで、中性脂肪の低下やHDLコレステロールの増加が期待できます。さらに、運動は体重管理や血糖値の安定にも寄与し、脂質異常症だけでなく他の生活習慣病の予防にもつながります。
それでも改善が見られない場合や、すでに数値が高く緊急性があると判断された場合には、薬物療法が導入されます。スタチン系薬剤は悪玉コレステロールを下げる効果が非常に高く、動脈硬化の進行抑制にも有効とされています。他にも、フィブラート系薬剤(中性脂肪の低下)、ニコチン酸誘導体、EPA製剤、コレステロール吸収阻害薬など、患者の体質や数値に応じてさまざまな薬が選択されます。
ただし、薬を服用して数値が下がったからといって油断は禁物です。薬はあくまで症状をコントロールする手段であり、根本的な解決には生活習慣の改善が不可欠です。医師の指導のもと、定期的な検査と日々の努力を両立させることが、長期的な健康を守るカギとなります。
脂質異常症でお悩みの方へ
脂質異常症という言葉を聞いて、「まだ大丈夫」と感じる方も多いかもしれません。しかしこの病気の本当の怖さは、“今すぐに”ではなく、“数年後”にその代償を支払わされる点にあります。痛みもなく、症状もないからこそ、知らない間に静かに進行し、やがて心臓や脳の大きな疾患として姿を現すのです。
脂質異常症は、早期に発見し、正しく向き合えば、十分にコントロールできる病気です。たとえ数値に異常が出たとしても、すぐに命に関わるわけではなく、むしろそれは「今から改善すれば間に合う」という身体からのサインなのです。生活を少しだけ見直すこと。食事の内容を少しだけ変えてみること。毎日10分だけでも身体を動かすこと。その積み重ねが、あなたの未来を大きく変えます。